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2014.12.05  あすなろ122 犬猫(過去記事)

2011.12号

猫という動物がいましてね。

あたしゃこれが嫌いなんですけどね。

縁側を開けっ放しでちょっと近所に歩いていったら、帰ったその座敷に猫がいやがりましてね。ゲロ残していきましてね。

今は玄関先に犬を飼っているので、もう猫が侵入する心配は無いんですけどね。

またもっと前には、訪ねた知人の家でバイクのグローブに小便されましてね。その後一年かけて日干しにしたり洗ったりを繰り返したのですが、まだ臭いが残っている感じがしてすっきりしませんでね。最後はそのグローブ、後輩が使うっていうんで、あげちゃいましたよ。

それ以来、ネコの小便の臭いには敏感です。

まあそんなわけで、猫は敵なんですよ。

そういう私怨は置いておくとして。

今も昔も、人間が飼育する愛玩動物の中では、犬と猫がツートップであることに異論は無いと思います。しかし数ある野生動物の中で、何故犬と猫がここまで人類にとって身近になったのか。そんな話からです。

※動物名は、生物学上の動物種として表記するときはカタカナ、文化として表記するときは漢字としています。厳密ではありませんが。

イヌの野生種はオオカミです。

オオカミというと、西洋の寓話などでは悪役になっていますが、少なくとも日本では、そういうイメージは全くありませんでした。オオカミが悪役なのは、人間の飼っているヒツジを狙う為です。ヒツジを飼っていない人にとっては、悪役にする理由がありません。

イヌの元になったオオカミは、東アジアのチベットオオカミである、との説が、現在では有力なようです。中国犬、日本犬、アラスカ犬が、遺伝子的にオオカミに近いのだそうです。↓確かに日本犬みたいです。

チベットオオカミ.jpgチベットオオカミ2.jpg

最初は、オオカミの中でも比較的性格の穏やかなものが、ヒトの食べ残しに寄ってきて、距離が縮まったと考えられています。そして人間の顔を覚えるほどの頭脳を持ち、かつ敵に対して吠えることで番犬となりうるところから、愛玩と実用を兼ね備えた存在として世界各地に広まっていったのでしょう。

それとは別に、オオカミの群れのそばにいれば、クマやイノシシなどの襲来から逃れやすいため、人間も積極的に近づいていった、という説もあります。日本では、シカなどから田畑を守ることから、「大神」と呼ばれるほど、必要とされた存在でした。

一応断っておきますと、イノシシも人間の生命を脅かす恐ろしい動物です。七〇キロから百キロ超の巨体が時速四〇キロ以上(普通の自転車では追いつけないくらいの速度)で突っ込んでくるのですから、直撃すればマジで吹っ飛ばされます。雄の場合はキバを向けてきますので、肉がえぐられます。しかもこいつらは、倒れた相手にとどめを刺しに行きますから、かなりたちが悪いです。

それはいいとして、どちらにせよ、ヒトとオオカミは利害が一致したために、共存するようになったのでしょう。それは、旧石器時代から中石器時代(日本でいう縄文初期)のころだったようです。

一方、ネコがヒトと共存するようになったのは、もっと時代が後の、農耕が始まってからのことです。

人類が穀物を貯蔵するようになってから、ネズミの被害をいかに防ぐかという課題を解決してくれる存在がネコでした。害となるネズミやヘビを駆除してくれる上に、人間と食料が被らないのは、倉庫番としては優秀だったのでしょう。

やはりイヌ同様、最初は愛玩と実用を兼ね備えた存在だったのです。最初は、ギリシャからエジプトにかけての地中海沿岸で飼育が始まったようです。

日本における最古のネコは、弥生時代の遺跡から出土しています。ただし、これは壱岐(長崎県北部の離島・九州本土と対馬の間)のことですから、大陸から伝わってくる途中だったかしれません。

日本に本格的に渡ってくるのは、奈良時代に、仏教経典をネズミから守る為に、大陸から輸入されたのがきっかけだったようです。その後、平安時代には愛玩動物として飼われて、あの枕草子や源氏物語にも登場します。

もちろん、農家にとってもネズミから農産物や蚕を守る存在として、尊ばれていました。しかし日本では、愛玩動物としての側面が強かったようで、なかなか庶民には普及していかなかったようです。日本において、「猫の好物=魚」というイメージも、ペットとしての側面が強かった為に確立したのでしょう。

室町時代までは、貴重な猫を首輪につないで飼っていた人が多かった為に、豊臣秀吉は、わざわざ「猫をつなぐべからず」というおふれを出したそうです。そうしたら、その後はネズミの被害が減ったとかなんとか。

江戸時代になっても、相変わらず庶民の手には渡らないので、養蚕農家は鼠の害から逃れるために、猫の絵を描いて貼っておいたそうです。もうこうなったら仏様と同じですね。日光東照宮の眠り猫も、信仰の対象としての意味があるのでしょう。猫の絵を売って歩く商売もあったとか。

一方、それよりも普及していた西洋諸国では、逆に猫は災いの元と言い出して、虐殺がブームになったこともありました。有名な魔女狩りの一環です。その結果、もともと不潔だった中世の都市ではネズミが大発生してペストが大流行し、人口の三割から六割が死んだなんて時代もありました。

(そもそも、西洋人は物事をすぐに不吉に結びつけやすい傾向がある気がします)

ところで、中学生の頃に覚えた言葉に、「Raining cats and dogs」という英語があります。翻訳サイトにかけると「猫と犬を降らせること」とか出やがるのですが、本当の意味は「土砂降り」です。これ、犬と猫が揃うと大暴れするから、そんな様子を表したのか、面白い発想だなあ、なんて思っていたのですが、どうも違ったようです。

中世ヨーロッパの都市は、先に書きましたが汚くて不潔な所でした。大雨が降ると下水が洪水になって、犬や猫が溺死したそうです。それを上から見ると、まるで犬猫が降ってきたようにみえるから......なんだそうです。

はあ。がっかり。

学塾ヴィッセンブルク 朝倉  


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