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2016.02.01  あすなろ113 新燃岳(過去記事)

2011.03号

ご存じとは思いますが、今、新燃岳が絶賛大噴火中です。
口蹄疫に引き続き、また宮崎が大変なことになっています。

新燃岳と最初に聞いたとき、普通の関東の人にとっては
「どこそれ」だったかと思います。
しかし私にとっては、
「え!新燃岳ってまさか、新燃岳のことか!」
などと口走ってしまったような場所です。

実は大学生の頃、新燃岳に登ったことがあるのです。

私は大学生の時、ワンダーフォーゲルクラブというサークルに入っていました。
要するに、いわゆる登山部です。
山登りをやっていたのです。
やっていた、とは言っても、あんまり熱心な部員では無かったのですが、
それでもある程度は、山登りやっていました。

ほとんどは、週末に山に登って帰ってくるという行程だったのですが、
年に2回くらいは長期休みを利用して、遠征していました。
そのうちの一つが、九州巡りだったのです。
大学一年生が終わる、春休みのことでした。

その時に登ったのは、九重連山(くじゅうれんざん・久住連山とも書く)、霧島連山、
祖母・傾(そぼ・かたぶき)の三つでした。
それぞれ面白い山だったのですが、ここでは省略します。
そして新燃岳は、このうちの霧島連山にある山です。

さて、我々が登山をするときには、必ず国土地理院の
二万五千分の一の地図を用意するのですが、
最初にその地図を見たときから、こりゃすごいという予感がしました。

113-1.png

実に綺麗な形をした山です。
で、普通は登山ルートは山頂まで向かっているはずなのですが、
この山のピークはどうなってんの?

地図を見慣れていないとわかりにくいかもしれませんが、
この山、頂上がへっこんでいます。
つまり、火口になっているわけです。
火口の中にあるのは池です。
登山道は、火口のふちを巻いて通っているのです。

この近所には、こんな山が他にもあります。
例えば、新燃岳のすぐお隣の韓国岳(からくにだけ)も。

113-2.png

地図南東にある丸いのも、きっと火口です。

他にも、もっと北に、どうみたって火口だろうという円形の池がいくつもあります。

新燃岳の南側にも、御鉢(おはち)という大口をあけた山があります。
この御鉢は、火山礫によるガレ場で、要するに、
足下が粒の大きい砂場状態のすべりやすい不毛の地で、
火口のふちを歩くと両側は絶壁だし、とにかくすごいところでした。

113-3.png

ともかくそんなわけで、この地域はもともと、典型的な火山地形だったわけです。
私が登った1990年にも、このさらに北の硫黄山という所では、
煙が上がっていて立ち入り禁止になっていました。

御鉢も、奈良時代から江戸時代・明治・大正と、何度も噴火を繰り返しているようです。
2002年からも、火山性微動が観測されているそうです。

今回の主役・新燃岳も、江戸時代に数千年ぶりの噴火をして以来、
昭和・平成と噴火しています。
本格的な噴火は、今回のものが昭和以来の52年ぶりといわれていますが、
小規模な噴火は、1991年にも起こっているようです。
そのため、91年11月から、2004年1月まで、
新燃岳は登山禁止だったのだそうです。

で、繰り返しますが、私が御鉢と新燃岳に登ったのは1990年。
その次の年に、登山禁止。
どうやら、絶妙なタイミングだったようです。

現在、火口から半径4キロ以内は噴石が降るために立ち入り禁止と
なっていますが、実際にはもっと遠くまで石が飛んでいるようです。
9キロ地点で停車中のクルマの窓ガラスが割れ、
16キロ地点で駐車中のクルマのサンルーフが割れているようです。
ちなみに今測ってみたら、下妻駅から結城駅までが、直線距離で15キロでした。

九州ってところは、この地域以外でも雲仙普賢岳で死者を出していますし、
阿蘇や桜島では噴煙を上げているのが日常風景ですし、
結構すごいところです。
そして、もっと過去には、もっとすごい大噴火もあったようです。

6300年前、鹿児島県南の沖合で起こった大噴火は、
火山灰を東北地方にまで降らせました。
鹿児島県南部は火砕流に襲われ、火山灰は九州南部で60センチ、
紀伊半島にまで30センチも降り積もり、上空に昇った火山灰によって
気温はその後2~3年間低下したということです。
この地域が元の緑を取り戻すには、その後500年かかったそうです。
噴火の跡は、現在は海中に直径20キロの巨大カルデラとして残っています。

この頃の日本は、縄文時代にあたります。
しかし鹿児島県に当時起こっていた縄文文化は、この噴火によって全滅しました。

大噴火といえば、9万年前に起こった阿蘇の大噴火は、
こんなもんじゃなかったらしいです。
阿蘇があるのは熊本県なのですが、火砕流は九州全土を覆い、
さらに山口県にまで達したのだそうです。
火山灰は北海道東部に10センチの層が残っていて、
つまりは日本全土を火山灰が覆ったようです。

人が見ていないと思って無茶やり放題ですよね、まったく。

学塾ヴィッセンブルク 朝倉  


おまけ資料

113-4.png

誰かが作った霧島のCG


113-5.png


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