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2016.04.24  あすなろ62 ロボット(過去記事)

2006.12号

日本は、技術立国と呼ばれます。
日本には、最先端の技術がいくつもあります。
そのうちの一つとして、ロボットの二足歩行技術があります。

この技術に関して有名なのは、なんと言ってもホンダのアシモでしょう。
アシモのスムーズな動きは、「動歩行」技術の実用化によって得られたものでした。

動歩行とは、何のことかご存じですか?

ただ単に、二つの足で歩くだけならば、今までにも例はありました。
それこそ何でもいいというのなら、ゼンマイのおもちゃだって二足歩行しています。

62-1.png

しかし、このおもちゃの「歩行」は、人間の「普通の」歩き方とは根本的に違います。
というのも、このおもちゃの場合、
どういう瞬間にネジが止まっても転倒することはありませんが、
人間は、歩いている最中に動きを止めると、場合によっては倒れてしまうからです。

この違いは、足の裏が接地している面と、重心との関係にあります。

このおもちゃでは、重心の位置が接地面(足の裏)から外れることはありません。
歩みによって重心は前へずれていくのですが、その移動中も、
常に接地面の中にあります。

しかし人間の場合、歩いている瞬間の重心は、足の裏から完全に外れています。
これが、歩いている途中で停止すると倒れてしまう所以なのですが、
逆にこれがあるからこそ、人間は速く歩けるのです。

重心を足の裏から前方に外すことによって、人間は前に倒れようとします。
そこで倒れないように足を踏み出し、またその力を持続させるべく
足を後方へ蹴り出し、前へ進んでいきます。
これが、動歩行です。
対して、前述のゼンマイおもちゃの様な歩行は、静歩行と呼ばれます。

動歩行は、静歩行と比べて効率よく歩けるのですが、その実用化のためには
バランスセンサーを始めとする高度な技術が必要となります。
機械による動歩行を初めて実現したのは早稲田大学の研究室で、1984年のことでした。

ホンダも、最初は静歩行から始めました。

62-2.png

この第一号の完成は、1986年のことです。
そして1989年に動歩行の実現、さらに安定歩行技術の確立による
坂道、階段歩行の実現などを経て、1996年には世界初の人間型自律ロボットP2を
完成させるのです。
P2はコンピュータやバッテリーを全て内蔵し、
階段や傾斜を自分で判断して歩行するという、当時としては画期的なものでした。

これをきっかけに、日本中の各所で人間型ロボットの研究が
活発に行われるようになりました。
特にソニーのキュリオは、驚異的な小型化を実現しています。

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ところで、人型ロボットの研究開発に対する情熱は、日本が突出しているようです。
これにはどうも、「ロボット」という言葉に対するイメージの違いがあるようです。

ロボットという言葉は、チェコの小説家が強制労働を意味するrobotaを語源に作り、
広まったとされています。
小説内では人造人間という設定ではありましたが、ロボットが市販されて
人間の代わりに働くという話で、現在までの概念の原型となっています。

しかし1927年、近未来を描いたSF映画「メトロポリス」が発表されると、
少しイメージが変わってきます。
ここに登場するマリアというロボットは、労働者を管理するために送り込まれたものですが、
次第に暴走を始めて労働者を煽動し始め、最後は火あぶりにされて終わります。

62-4.png

この映画は、サイレント時代としては超大作で、世界中で大反響を呼びました。
今でもこの作品は「SF映画の原点にして頂点」とまで言われちゃっています。

このあたりから、ロボットというものは、得体の知れない
怪しいイメージが広まったようです。
それを決定的にしたのは、1968年に公開された映画「2001年宇宙の旅」でした。
劇中にロボットは登場しませんが、HAL9000というコンピュータの暴走が
描かれています。
この影響から、欧米諸国においては、ロボットやスーパーコンピュータといえば、
未だに人間を支配するようなマイナスイメージがあると言われています。

しかし日本では、ロボットのイメージといえば鉄腕アトムであり、ドラえもんでしょう。
ロボットに対する猜疑心や恐怖心などはもとよりなく、
日本人にとっては、友達であり味方なのです。
このあたりが、ロボット研究に対する、姿勢の違いとなって現れている、
という話があります。

私もその考えに基本的に同意ではありますが、話はもっと単純のような気がします。
すなわち、日本にはロボットを作りたい人がたくさんいて、西洋にはあまりいなかった、
単にそれだけの話でしょう。

二足歩行のロボットが、なぜ必要なのか。
なぜ人型である必要があるのか。
今、いろいろな理由が説明されていますが、別に何だっていいんです。
ただ、作りたかったんですよ。

飛行機を最初に作った人たちは、ただ単に空を飛んでみたかっただけなのです。
便利になるとか役に立つとか、そんなことは後になってつけた理屈です。
でもその後、飛行機は人類に必要不可欠なものになりました。
ロケットを打ち上げる理由も同じです。
ロボットも同じですよ。

それより、この超高度な技術を、平和利用に無駄遣いしてしまう日本という国に乾杯。

学塾ヴィッセンブルク 朝倉   


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