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2016.10.16  あすなろ61 祝日(過去記事)

2006.11号
※2006年の記事です。現在は変更・追加されている祝日があります。


祝日の話でもしましょうか。

祝日といえば今や、いわゆる「ハッピーマンデー」化が進んでしまっていますので、
「なぜこの日が祝日なのか」というあたりがよくわからなくなりつつあります。
しかし本来は、祝日にはちゃんと意味があるのです。
今回は、そのあたりのお話です。

年頭から見ていきましょうか。

1         元日(一月一日)

これはもちろん、一年の最初の日という区切りであるというところからです。
宮中では、四方拝(しほうはい)と呼ばれる儀式が行われます。
また、元旦という言葉もありますが、これは「元日の朝」という意味です。

1         成人の日(一月十五日→第二月曜日)

もとは一月十五日でした。
この日は小正月です。
かつては元服の儀が小正月に行われていたことにちなみ、成人の日と定めました。

小正月とは、元日の大正月に対する言葉です。
大正月が年神や祖霊を迎える行事の多いのに対して、
小正月は豊作祈願などの、農業や家庭に関連した行事が中心でした。
小豆粥を食べる習慣もありました。
また、この日までが「松の内」です。

2         建国記念の日(二月十一日)

 かつては紀元節と呼ばれていました。
神武天皇の即位によって日本国が建国された日を新暦に換算すると、
二月十一日にあたるそうです。
戦後しばらくの間は、連合軍司令部によって削除されていたのですが、
昭和27年から復活運動が起き、紆余曲折を経て
昭和42年から実施されたという経緯があります。

日本書紀によれば、神武天皇の即位の日付は「辛酉年春正月庚辰朔」であり、
これは紀元前660年2月11日にあたります。
またこの日は、旧暦では1月1日です。
これが日本国における最初の「日付」とされています。

3         春分の日(春分日)

4         秋分の日(秋分日)

1947年までは、春季(秋季)皇霊祭という祭日でした。
これは、歴代の天皇をお祭りする日として、明治政府が考案した物です。
要するに、皇居による彼岸祭です。
現在では、国民の彼岸として、先祖供養の日という位置づけになっています。

5         みどりの日(四月二十九日→)

6         昭和の日(四月二十九日)

かつては天皇誕生日でした。
昭和天皇崩御後、同天皇が自然を愛したことに因んで、
みどりの日が制定されたとされています。
というか、この日が平日に戻ってしまうと、ゴールデンウィークが
短くなるからというあたりが真相ですかね。
2007年からは、みどりの日は五月四日に移動し、
四月二十九日は新たに昭和の日となることが決まっています。

7         憲法記念日(五月三日)

日本国憲法が、1947年5月3日に施行したのを記念して制定されました。
それ以前の由来は、特に無いようです。

8         こどもの日(五月五日)

ご存じの通り、端午の節句です。
古くは中国に於いて、野に出て薬草を摘んだり、蓬(よもぎ)で作った人形を飾ったり、
菖蒲(しょうぶ)酒を飲んだりする風習が伝わったことに由来します。
鎌倉のころからは、「菖蒲」が「尚武」と同じ読みであること、
また菖蒲の葉が剣を形を連想させることなどから、
端午は男の子の節句とされ、男の子の成長を祝い健康を祈るようになったそうです。

9         海の日(七月二十日→第三月曜日)

もともとは「海の記念日」だったものが、祝日に昇格したものです。

1876年、明治天皇の東北地方巡幸の際、
それまでの軍艦ではなく灯台巡視船「明治丸」によって航海をし、
七月二十日に帰着したことに因みます。
はい、それだけです。

10     敬老の日(九月十五日→第三月曜日)

この日は、少し変わった由来を持ちます。

1947年、兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町)の門脇政夫村長が、
「としよりの日」を提唱したのが始まりでした。
「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、
農閑期に当り気候も良い九月中旬の十五日を「としよりの日」と定め、
敬老会を開きました。
1950年からは兵庫県全域で行われるようになり、後に全国に広がりました。

その後「としより」という表現は良くないということで1964年に「老人の日」と改称され、
1966年には国民の祝日として、九月十五日が「敬老の日」に制定されました。

ところで、敬老の日を第三月曜日に移すにあたっては、
高齢者団体から多数の反発が起こりました。
そのため、老人福祉法を改定して、
九月十五日を老人の日、同日より一週間を老人週間としたそうです。

11     体育の日(十月十日→第二月曜日)

1964年に開催された東京オリンピックを記念して、
開会式のあった十月十日を、国民の祝日としました。

ところで、夏季オリンピックの開催日としては、十月は異例の遅さになります。
こんな日になったのは、この日が東京地方の「晴れの特異日」であったからだそうです。
また、これ以降は台風も秋雨もなく、開催期間としては最良と判断されたようです。

しかし、現在の「第二月曜日」では晴れの特異日からずれるため、
運動会などを開催する日としては、以前ほどの意義がなくなってしまったという
意見もあります。
その一方で、今や十月十日は晴れの特異日ではない、というデータもあります。

12     文化の日(十一月三日)

この日は、1946年に日本国憲法が公布された日であり、
文化の日はこれに由来する、ということになっています。
戦前までは明治節と呼ばれ、明治天皇の誕生日を記念した日でした。
明治時代は天長節(=天皇誕生日)でした。
憲法公布日と明治節は無関係とされていますが、多分、合わせたんでしょうね。

また、この日こそは晴れの特異日です。

13     勤労感謝の日(十一月二十三日)

戦前までは、新嘗祭(にいなめさい)と呼ばれていました。
「十一月の二回目の卯の日」が本来の日なのですが、
祝日に制定された年にたまたま二十三日だったのが、そのまま固定されたそうです。

新嘗祭というのは、
天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ=天の神と国の神)に勧め、
また、自らもこれを食して、その年の収穫を感謝する祭儀のことです。
稲作の感謝祭を儀式化したものだと思ってください。

新嘗祭は、飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられています。

14     天皇誕生日(十二月二十三日)

今上天皇の誕生日です。いわずもがな。

......と、以上十五日あるわけですが、これは先進国の中では異様に多いそうです。

日本人は、何かと祭が好きなんですよ。
ね。

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