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2018.02号
前回の記事で、カタツムリのお話の最後に「まだ他にネタはあるんだけど」なんて書きましたところ、これを読んだ高校生に「続きを書け」と言われましたので、書きます。
今回は、カタツムリの左右のお話です。
カタツムリは巻き貝ですが、この巻き貝という生物は、動物としては珍しいことに左右非対称の外見を持ちます。
それに対して、アンモナイトやオウムガイも、巻いた殻を持っていますが、こちらは左右対称です。
正面から見た時に、殻の先端が横に張り出してなくて、中心に収まっています。
つまり、殻を裏から見ても表から見ても同じ形です。
知ってました?
アンモナイトはともかく。
巻き貝は、ほとんどの種類で、殻の巻く向きが「右巻き」です。
左巻きの殻を持つ種類は、巻き貝のうちの1割未満なのだそうです。
「右巻き」の巻き貝たち
しかしこれがカタツムリ(有肺類)に限ると、手許の図鑑(※)で数えた限りでは、131種類(ナメクジを除く)のうちの32種類が左巻きでした。
ここから推定する限りでは、カタツムリについてはおよそ4分の1の種類が左巻きということになります。
※ 日本のカタツムリは約800種です
ところで、カタツムリは雌雄同体と言って、オスとメスの両方を兼ねた体を持っています。
そのため交尾の際には、二匹が向き合って同時に交尾しあいます。
そしてその生殖孔が体の側面についているために、殻の巻く向きが逆だと、交尾が成り立ちません。
b(左図) カタツムリの交尾の様子
c(右図) 逆巻きの変異個体とは交尾できない(矢印が生殖孔の位置)
画像の注釈に「変異個体」と書きましたが、いわゆる突然変異と考えて構いません。
巻き貝の左右は、実はたった一つの遺伝子によって支配されています。
そこに変異が起こると、体中の構造が全て左右逆になってしまいます。
ですから、他の生物に比べると、比較的「簡単」に左右が入れ替わります。
しかし、そういう変異個体は、生殖孔も逆についてしまうので、図のように交尾ができなくなります。
つまり、子孫は残せません。
ので、通常はそこで途絶えます。
ところがもし、偶然にも同じ逆巻きの個体同士が出会ったら、そこからは「新種」ができるわけです。
元の巻き型とは交尾ができないわけですから、それはもう別の種類です。
そして実際、そういうカタツムリもいます。
東北地方に棲むアオモリマイマイは、ヒダリマキマイマイの左右が反転してできた種類だということが、遺伝子の解析から判明しています。
遺伝子解析をすると、前述の左右を支配する遺伝子以外は、全く同じだったのです。
しかも、ヒダリマキからアオモリへの変異は、並行的に少なくとも3回は起こったことがわかりました。
赤がヒダリマキ
青がアオモリ
これはつまり、「一種類の生物は、全てがある1個体の子孫である」という、現在の進化学の主幹的な考えである単系統主義が、厳密には当てはまらない例が見つかってしまった、ということなのです。
……ってな感じで、この話は進化屋さんや系統分類屋さんにとっては、かなり衝撃的な内容なんですけど、普通の人にとってはどうでもいいですよねー。
すみませんホント。
もう一つ、別のお話です。
セダカヘビという、カタツムリを食べるヘビの仲間がいます。
日本には、石垣島と西表島に、イワサキセダカヘビという種類が生息しています。
このヘビは、カタツムリに後ろから噛みついた後、中身を引きずり出して食べます。
その際、右巻きのカタツムリが食べやすいように、右側の歯の数の方が多くなっています。
つまり、右巻きのカタツムリが食べやすいように、アゴの形が進化したヘビなのです。
セダカヘビの下顎。
左右で、歯の数と骨の形が異なる。
イワサキセダカヘビの捕食の様子。
右の歯が殻の奥側。
このような進化をすると、右巻きカタツムリの捕食が上達する一方で、左巻きの食べ方が下手になります。
その結果、国内のこのヘビの生息域では、左巻きのカタツムリの方が生き残りやすくなって、左巻きの種類が増えることになりました。
国外でも、セダカヘビの棲む東南アジアは、他の地域に比べて左巻きのカタツムリが多く生息しています。
なお、セダカヘビの中で一種類だけ、左右対称の下顎を持つものがいます。
実はこの種類はナメクジだけを食べるので、左右非対称になる必要がなかったのです。
ところで、「三すくみ(さんすくみ)」という言葉はご存じでしょうか。
ジャンケンのように、三つのものがあるとき、他の二つに対して強い・弱いの関係を持つ状態です。
三すくみといえば、普通はジャンケンではなくて蛙・蛇・蛞蝓(なめくじ)のことを言います。
曰く、蛙は蛇に弱く、蛇は蛞蝓に弱く、蛞蝓は蛙に弱い。
そこで、この三者が出会ったら、互いに動けなくなってしまう、と。
蛇が蛞蝓に弱い理由はわかりません。
昔からそう伝わっている、としか言えません。
セダカヘビがナメクジを食べると聞いて、最初に思い出したのが三すくみでした。
全然関係ないだろっていう。
ねえ。
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義