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HOME雑記帳(あすなろ)あすなろ186 霊が見えてしまったら(過去記事)
2017.04号
ウチのカミサンは、本読みです。
よく図書館に行っては本を借りてきています。
枕元に、図書館の本が途切れることはありません。
書店で買うことも多いのですが、図書館からは「試しに読んでみたい本」「目を通せばいい程度の買うまでもない本」を借りてきているようです。
そのため、分厚い小説に加えて、よく知らない人のよくわからないエッセイマンガを借りてくることがあります。
そんな中で先日、「霊が見える人のエッセイマンガ」というものが我が家に転がっていました。
前述の通りの、図書館で借りた「よくわからない枠」の一冊のようです。
読んでみました。
はあ~。
まあ、そういう人っていますよね。
霊に対して、まずは私のスタンスを申し上げます。
霊とは脳のノイズです。
神様はOK。否定しません。
フィクションは別。楽しんでいます。
霊と言えば、以前からずっと気になっていることが一つあります。
「素粒子を理解している人で、霊が見える人は存在するのか」
中学生以上なら、原子はご存じかと思います。
その原子も、最終的には素粒子によって構成されていることがわかっています。
例えば、原子核は陽子と中性子によって構成されていますが、これらはそれぞれが3個のクオークという素粒子でできています。
さらに、そのクオークを結びつける力も、素粒子によって橋渡しされています。
電子や光も素粒子です。
電波も素粒子です。
そして飛んでいる素粒子にとりついて速度を落とす素粒子まで、すでに観測されています。
現在は、重力を伝える素粒子が観測できないものか、世界中の物理学者が探している最中です。
現在の科学は、ここまでわかっています。
ここまでわかっているのです。
では、霊は何でできているのですか?
どんな素粒子で構成されているのですか?
「見える」とは、モノに当たって屈折したり反射したりした光子という素粒子が、眼球の中の網膜を化学的に刺激した結果なのですが、霊とやらによって反射もしくは屈折した光子が、一部の人の網膜だけを刺激するのは何故ですか?
つまり、「見える」霊というのは、現実には存在しないもの、ということなんですよ。
見えるという人の脳の中(もしかしたら眼の中?)にだけあるもの、ということに他ならないのです。
要するに、霊というのは「ポケモンGO」なんですよ。
スマホを通せば見えますが、本当はそこには無いのです。
霊が見える人というのは、本人も気付かないうちに、脳内にポケモンGOのアプリをインストールしちゃった人なのです。
ところが、よく
「現代の科学は万能ではない」
だの、
「携帯電話インターネットも百年前は空想の世界だったのに今は現実にある」
だの言う輩がいらっしゃいます。
ああそうですね。
それは否定しません。
確かに、タイムマシンなどは、未だにSFの世界から出てきていません。
しかし、理論はすでに構築されています。
ただ、それが実現不可能であり、実現方法すらわかっていないだけのことです。
しかし、霊は、その理論がありません。
成り立たせようという人すらいません。
先ほど私は、神は「有り」だと申し上げました。
別に神の存在を信じているわけではありませんが、でも私にとって、神は「有り」だと思っています。
なぜかというと、神の存在は、ちゃんと学問になっているからです。
人類は、文明が生まれてからこれまで何千年もの間、本当にくだらないことばかりを真剣に考え続けてきました。
その一例が自然科学であり、哲学であり、神学です。
神の存在も、人間の存在意義も、当時の国のトップクラスの天才達が頭を突き合わせて、マジになって考え続けてきたのが人類の歴史なのです。
目に見える物から見えない物まで、およそ考えつく限りのありとあらゆることが、学問として成り立ってきたのです。
しかし霊は、これを研究する学問などはありません。
歴史上、学問として構築されたことがありません。
つまり、これだけあること無いことあらゆることを考えてきた人類なのに、目に見えるはずの霊を研究してきた歴史がないのです。
理由は簡単です。
少なくとも中世までは、人類には霊が見えなかった、ということなのです。
仮に一部の人にでも見えていたら、絶対に学問になっていたはずです。
それでも、霊や死後の世界の存在を信じる人はいます。
そんな中で、悲劇的な有名人がいました。
天才奇術師と呼ばれたフーディニ(1974~1926)です。
彼は、脱出王とも呼ばれた天才マジシャンでしたが、母親を亡くしてから、降霊に興味を持つようになります。
なんとかして死んだ母親とコンタクトを取りたいと、有名な霊能力者の元を訪れるのですが、彼の才能は、ことごとくインチキを見破ってしまうのです。
霊を信じたくても信じられないという、天才ならではの悲劇が起こるのです。
彼は生涯かけて霊を求め続けましたが、結局、本物に出会うことはありませんでした。
死の間際にも、妻に
「死後の世界があったら、そこから必ず連絡する」
と言い遺したのですが、何も起こりませんでした。
少し話を戻します。
先ほど、霊の存在を人類全体で否定してみたのですが、まだ
「本当は以前からあったのだが、存在を意識しだしたのはごく最近だから」
という反論が残されています。
この「以前からあった云々」という物は、確かに色々とあります。
例えば電波がそうですよね。
こちらは素粒子で説明可能ですが。
他にも、例えば花粉症や食物アレルギーなども、この類いといえるでしょう。
はい、もうわかりましたね。
霊が見える人は、ご病気なのです。
「見える」ようになったきっかけとして、
「死にかけたら見えるようになった」
「ショックで見えるようになった」
という話をよく目にします。
こういう事例は、
「脳の血流が中途半端に止まったために、脳に軽い障害を持ってしまった」
と考えれば、すっきりと納得できますね。
現代の科学は、確かに万能ではありません。
しかしきっと将来、「見える人」を治す方法が見つかると思いますよ。
ですから、もし見えてしまっても、どうか気を落とさずに!
グッドラック!
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義