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あすなろ206 グリム童話

2019年1月10日投稿

 

 

 

2018.12号

 

小学生の頃は、漢字が好きでした。

 

漢和辞典を買ってもらったのは、小学2年生の時です。

以後、それは勉強机の上にずっとあって、たまに開いて眺めていました。

 

それをこじらせた結果、高校生から大学生にかけては、日常的に旧字体(旧漢字)を使うようになりました。

旧字体というのは、例えばこんなのです。

 


数学→數學

社会→社會

体育→體育

図書館→圖書館


 

こういう文字を、例えば学校の授業中にノートを取るときにも使っていたわけです。

乱の旧字「亂」は「マ・ム・ヌ」とか必死で覚えたり。

いやーアホですねー。

 

苗字なら、旧字体を見かける機会もあると思います。

例えば、沢辺さんが自分の名前を「澤邊」と書いたり、斉藤さんが「齋藤」と書いたり。

しかし、飯村さんが「飯村」と書いたり、近藤さんが「近」のしんにょうを点二つの「辶」と書いたりは見かけたことがありません。

先に挙げた斉藤さんも、旧字体の「藤」のくさかんむりは「十」が二つ横に並んだ四画で、下右の上部につく点「ソ」は「ハ」となるのですが、その形で書かれているのを見たことがありません。

 

地名と人名に関しては、別におかしいだの何だのと口を挟むつもりは全くありません。

しかしこのあたりの線引きが、端から見ていて不思議なんですよね。

 

なお、高島さんの「髙嶋」は、二文字共に旧字ではなくて「俗字」「異字体」などと呼ばれるものです。

このあたりもまた、どこから出てきた文字なのか、謎です。

 

さて、異字体はいいとして、そういった旧字体を使うようになったきっかけは、家にあった本です。

昔のパラフィン仕様の文庫本、「グリム童話集」です。

岩波だっけ?

 

もともと昔話関係が好きでしたので、父親が奥にしまってあったこれを本棚に並べた時には、嬉々として読み始めました。

で、この本が旧字体で記述されていたので、読みながら基本的な旧漢字を覚えられてしまったのです。

これが不幸の始まりか。

 

この本の内容は、もちろんグリム童話です。

しかし記述形式としては、ちょうど柳田国男の遠野物語のような本でした。

つまり、口伝を集めただけの資料的な書き方で、中には数行しかない話や、オチの無いような話も、そのまま書かれていました。

 

そうなんです。

グリム童話というのは、元々はグリム兄弟の創作した話ではないんですよ。

当時のドイツに伝わっていた話を集めたものなのです。

 

一応、グリム童話って?という方のために、代表作一覧を挙げておきます。

有名どころといえば、こんなあたりでしょうか。

 


オオカミと七匹の子ヤギ
ラプンツェル
ヘンゼルとグレーテル
灰かぶり(シンデレラ)
赤ずきん
ブレーメンの音楽隊
いばら姫(眠りの森の美女
白雪姫

 

※グリム童話と共に並べられるアンデルセン童話の方は、完全な創作です。

また、「遠野物語のような」と書きましたが本当は逆で、グリム童話の日本版が遠野物語だと思った方がいいでしょう。


グリム兄弟の本職は、言語学者で大学教授です。

兄の方は、ドイツ語の母音の上につく二つの点(「ä ö ü」の点)のことを「ウムラウト」と命名した人でもあります。

 

そんなグリムさん達が若い頃、恩師に頼まれて、民謡の収集を手伝ったことがありました。

その結果は一冊の本として刊行されているのですが、続編として童話集を出そうとしたとき、集めたネタを元の作者に送ったのに返事が来ない、音信不通、となってしまうことが起こりました。

だったらもう自分達で出しちゃおう、と出版したのがグリム童話、とされています。

 

その頃のドイツは、どうもそういう「民衆文化の収集」というのが流行していたようですね。

ナポレオンというフランス人がドイツを支配したために、ドイツの文化を守ろう、という風潮になっていたようです。

 

ただ、グリム兄弟はどうも、柳田国男のようには現地に足を運んでいなかったようです。

謝辞として、取材協力してくれた女性の名前を一人挙げているのですが、それなりに身分の高い人で、しかもフランス出身の人だったことがわかっています。

 

現在では、グリム童話のほとんどの話の取材源が、研究によって判明しています。

その結果、グリム童話の中のいくつかの話は、当時すでに出版されていた「ペロー童話集」との類似が指摘されています。

例を挙げれば、「長靴をはいた猫」「青ひげ」「赤ずきん」「いばら姫」「灰かぶり」などが、初版では同様の話がかぶっていました。

 

グリム自身もそれには気付いたようで、そのうちの「長靴をはいた猫」と「青ひげ」は、二版以降は削除しています。

 

ペローとは、フランスの作家・詩人です。

フランスの詩人の間では、民間伝承の昔話を詩にするのが流行っていたのですが、ペローはそれを子供向けに読みやすくアレンジしていました。

つまり、ペローの童話自体も、やはりどこからか集めた話でした。

 

要するに、グリムが聞いた話のネタ本があったからと言って、ニセ物とは言い切れないのです。

「ドイツ限定」という枠にとらわれなければ、グリム童話とは、

「当時ドイツ近隣で民間伝承されていた昔話の集大成」

なんて解釈もできると思います。

 

グリム童話の初版では、全156篇が収録されました。

その後は版を重ねる毎に話を増やしたり差し替えたりして、最終的な七版では全200篇になっています。

そこに至るまでには、当初の「研究資料」から「子供向け童話」へと性格を変えるべく、会話が増えたり描写が細かくなったり、逆に子供向けでない表現を削除されたりもしています。

 

さらに、二つの話を合成した例もあります。

有名な例では、「赤ずきん」のオチです。

元の話では、赤ずきんは狼に食べられて終わりでしたが、それを七匹の子ヤギのような終わり方にしたのはグリムです。

 

日本でも、似たような例はあります。

小泉八雲の「怪談」には、明らかに雨月物語と同じ話がありますが、あくまで筆者が聞いた話として、そのまま書いて出版されています。

(そもそも小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは、雨月物語を知らなかったとは思いますが)

また、伝わる度にアレンジされた例では、日本書紀→万葉集→御伽草子と変遷していった浦島太郎があります。

 

でも口伝なんて、元々そういうものです。

当時流行していた都市伝説だと思って、気楽に読むのが正解だと思います。

 

学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義