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2018.12号
小学生の頃は、漢字が好きでした。
漢和辞典を買ってもらったのは、小学2年生の時です。
以後、それは勉強机の上にずっとあって、たまに開いて眺めていました。
それをこじらせた結果、高校生から大学生にかけては、日常的に旧字体(旧漢字)を使うようになりました。
旧字体というのは、例えばこんなのです。
数学→數學
社会→社會
体育→體育
図書館→圖書館
こういう文字を、例えば学校の授業中にノートを取るときにも使っていたわけです。
乱の旧字「亂」は「マ・ム・ヌ」とか必死で覚えたり。
いやーアホですねー。
苗字なら、旧字体を見かける機会もあると思います。
例えば、沢辺さんが自分の名前を「澤邊」と書いたり、斉藤さんが「齋藤」と書いたり。
しかし、飯村さんが「飯村」と書いたり、近藤さんが「近」のしんにょうを点二つの「辶」と書いたりは見かけたことがありません。
先に挙げた斉藤さんも、旧字体の「藤」のくさかんむりは「十」が二つ横に並んだ四画で、下右の上部につく点「ソ」は「ハ」となるのですが、その形で書かれているのを見たことがありません。
地名と人名に関しては、別におかしいだの何だのと口を挟むつもりは全くありません。
しかしこのあたりの線引きが、端から見ていて不思議なんですよね。
なお、高島さんの「髙嶋」は、二文字共に旧字ではなくて「俗字」「異字体」などと呼ばれるものです。
このあたりもまた、どこから出てきた文字なのか、謎です。
さて、異字体はいいとして、そういった旧字体を使うようになったきっかけは、家にあった本です。
昔のパラフィン仕様の文庫本、「グリム童話集」です。
岩波だっけ?
もともと昔話関係が好きでしたので、父親が奥にしまってあったこれを本棚に並べた時には、嬉々として読み始めました。
で、この本が旧字体で記述されていたので、読みながら基本的な旧漢字を覚えられてしまったのです。
これが不幸の始まりか。
この本の内容は、もちろんグリム童話です。
しかし記述形式としては、ちょうど柳田国男の遠野物語のような本でした。
つまり、口伝を集めただけの資料的な書き方で、中には数行しかない話や、オチの無いような話も、そのまま書かれていました。
そうなんです。
グリム童話というのは、元々はグリム兄弟の創作した話ではないんですよ。
当時のドイツに伝わっていた話を集めたものなのです。
一応、グリム童話って?という方のために、代表作一覧を挙げておきます。
有名どころといえば、こんなあたりでしょうか。
オオカミと七匹の子ヤギ
ラプンツェル
ヘンゼルとグレーテル
灰かぶり(シンデレラ)
赤ずきん
ブレーメンの音楽隊
いばら姫(眠りの森の美女
白雪姫
※グリム童話と共に並べられるアンデルセン童話の方は、完全な創作です。
また、「遠野物語のような」と書きましたが本当は逆で、グリム童話の日本版が遠野物語だと思った方がいいでしょう。
グリム兄弟の本職は、言語学者で大学教授です。
兄の方は、ドイツ語の母音の上につく二つの点(「ä ö ü」の点)のことを「ウムラウト」と命名した人でもあります。
そんなグリムさん達が若い頃、恩師に頼まれて、民謡の収集を手伝ったことがありました。
その結果は一冊の本として刊行されているのですが、続編として童話集を出そうとしたとき、集めたネタを元の作者に送ったのに返事が来ない、音信不通、となってしまうことが起こりました。
だったらもう自分達で出しちゃおう、と出版したのがグリム童話、とされています。
その頃のドイツは、どうもそういう「民衆文化の収集」というのが流行していたようですね。
ナポレオンというフランス人がドイツを支配したために、ドイツの文化を守ろう、という風潮になっていたようです。
ただ、グリム兄弟はどうも、柳田国男のようには現地に足を運んでいなかったようです。
謝辞として、取材協力してくれた女性の名前を一人挙げているのですが、それなりに身分の高い人で、しかもフランス出身の人だったことがわかっています。
現在では、グリム童話のほとんどの話の取材源が、研究によって判明しています。
その結果、グリム童話の中のいくつかの話は、当時すでに出版されていた「ペロー童話集」との類似が指摘されています。
例を挙げれば、「長靴をはいた猫」「青ひげ」「赤ずきん」「いばら姫」「灰かぶり」などが、初版では同様の話がかぶっていました。
グリム自身もそれには気付いたようで、そのうちの「長靴をはいた猫」と「青ひげ」は、二版以降は削除しています。
ペローとは、フランスの作家・詩人です。
フランスの詩人の間では、民間伝承の昔話を詩にするのが流行っていたのですが、ペローはそれを子供向けに読みやすくアレンジしていました。
つまり、ペローの童話自体も、やはりどこからか集めた話でした。
要するに、グリムが聞いた話のネタ本があったからと言って、ニセ物とは言い切れないのです。
「ドイツ限定」という枠にとらわれなければ、グリム童話とは、
「当時ドイツ近隣で民間伝承されていた昔話の集大成」
なんて解釈もできると思います。
グリム童話の初版では、全156篇が収録されました。
その後は版を重ねる毎に話を増やしたり差し替えたりして、最終的な七版では全200篇になっています。
そこに至るまでには、当初の「研究資料」から「子供向け童話」へと性格を変えるべく、会話が増えたり描写が細かくなったり、逆に子供向けでない表現を削除されたりもしています。
さらに、二つの話を合成した例もあります。
有名な例では、「赤ずきん」のオチです。
元の話では、赤ずきんは狼に食べられて終わりでしたが、それを七匹の子ヤギのような終わり方にしたのはグリムです。
日本でも、似たような例はあります。
小泉八雲の「怪談」には、明らかに雨月物語と同じ話がありますが、あくまで筆者が聞いた話として、そのまま書いて出版されています。
(そもそも小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは、雨月物語を知らなかったとは思いますが)
また、伝わる度にアレンジされた例では、日本書紀→万葉集→御伽草子と変遷していった浦島太郎があります。
でも口伝なんて、元々そういうものです。
当時流行していた都市伝説だと思って、気楽に読むのが正解だと思います。
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義