2019年12月
あすなろ216 たたかえ! ぬいぐるみ!
2019.10号
「着ぐるみ」という言葉があります。
それに対して、
「『着ぐるみ』ではない。正しくは『ぬいぐるみ』である」
という話が以前からあったのですが、あれってそういえばどうなったんだろうと、最近ふと思い出しました。
ぬいぐるみと言えば、今では一般的にはテディベアのような、主に動物をかたどった人形で、綿などを詰めた布製のものを想像すると思います。
塾にも一つ、ダイオウグソクムシの愛くるしいぬいぐるみがあるのは、皆様ご存じの通りです。
※人によってはあれが枕に見えるようですが、本来はそういうつもりではありません。
意図しなかった使用法
こちらはティッシュカバーです。
断じてぬいぐるみではありません。
最近、リラックマのティッシュカバーを見かけないのですが、一体どこに……
世界初のぬいぐるみは、1880年と言われています。
明治13年のことですので、案外新しいですね。
ドイツで服飾工房を経営していたマルガレーテ・シュタイフさんが、甥姪のクリスマスプレゼント用に、フェルトで作ったゾウのぬいぐるみ(針刺し)が最初だとされています。
そのゾウの評判が良かったので、クリスマス用に市販を始めたら大ヒットしました。
そこでシュタイフさんはその後、さまざまな動物のぬいぐるみを作る会社を立ち上げています。
好きな人はもうわかったかもしれませんが、これがテディベアで有名なシュタイフ社の始まりです。
さて、このままシュタイフとテディベアの歴史の話を書き連ねてもいいのですが、それはまた次の機会とします。
(→ご要望がありましたら書きます)
まずは広辞苑にて「ぬいぐるみ」を引いてみましょうか。
昭和五十八年の第三版です。
ぬいぐるみ【縫包】
①中にものを包み込んで外側を縫うこと。また、その縫ったもの。特に、動物の形などにつくって玩具とするもの。
②演劇で、俳優が動物などに扮する場合に着る特殊の衣装。また、立ち回りの棒などを布でそれらしく作ったもの。
いかがでしょうか。
ぬいぐるみとは元々、「縫って何かをくるむこと」を指す言葉なのだとわかります。
動物などの「ぬいぐるみ」は、そこに充てた言葉だったんですね。
そして、今回注目するのは②の意味です。
・「演劇で動物などに扮する衣装」
歌舞伎で、天竺徳兵衛という役があります。
大ガマに乗って登場する妖術使いなのですが、このガマ、これが「ぬいぐるみ」です。
がまくんのぬいぐるみ
さて昭和29年の日本で、とあるぬいぐるみ映画が公開されました。
この映画では、本当は当時洋画で主流だったアニメーション撮影をしたかったのですが、予算の都合から断念して、それをぬいぐるみで代用することになったのです。
あ、つい書いてしまいましたが、「アニメーション」ってご存じですか?
今時の若者は、そんな言葉なんて知らないでしょ。
では、ご説明しましょう。
アニメーションというのは、人形などを少しずつ動かして撮った大量の写真を、つなげて映画とすることです。
そうすることで、まるで動いているように見せかける特殊効果のことです。
……絵?
まあ確かに、絵を使ったアニメーションもありますけど、迫力では立体造形物にはかないませんよね。
アニメーションと言えば、「キングコング」や、リー・ハリーハウゼンの「アルゴ探検隊の冒険」「タイタンの戦い」あたりが有名です。
特にリー・ハリーハウゼンは、数々のアニメーション特撮映画を作ったことで有名です。
「アルゴ探検隊の冒険」より
複数のガイコツ剣士と戦うシーン
ガイコツ剣士がアニメーション
日本の話に戻します。
ともかく、そうやって作られた日本のぬいぐるみ映画は、従来までのアニメーションとは全く違った迫力を醸し出すことで、空前のヒット作となります。
そしてその後も、このぬいぐるみ映画は次々と続編を出して、日本の映画界に新しいジャンルを生み出すまでに至ります。
また、同じ技術を使って、子供向けにテレビ番組も多数作られるようになりまして、その流れは現在まで連綿と続いています。
その元祖となったぬいぐるみ映画は、「ゴジラ」というタイトルでした。
ゴジラは、ぬいぐるみに入った俳優の演技力によって、それまでにないリアルな動きをする怪獣を生み出したのです。
ここから始まった、ぬいぐるみ映画という一大ジャンルは、今でも「仮面ライダー」「戦隊もの」「ウルトラマン」など、日本の文化と言ってもいいほどに成長しています。
ここでは伝統的に、人型のぬいぐるみが派手な立ち回りをするという、独特の世界を作り出しています。
派手に戦うぬいぐるみ達
これが、先に述べた
・「演劇で動物などに扮する衣装」
です。
えっと、何も間違っていませんよ?
ところがいつからか(平成元年ごろからと言う説があります)、このぬいぐるみのことを「着るぬいぐるみだから『着ぐるみ』だ」などと言い出す人が現れて、そのままテレビを通じて日本中に蔓延してしまいました。
これが、冒頭に触れた「着ぐるみぬいぐるみ論争」です。
着ぐるみという言葉は、映画界の人達にとっては全く関係の無いところから発生したために、現在でも古参の映画業界人は、その言葉を認めていないようです。
しかし、若いスタッフは、着ぐるみという言葉を使う方が増えているとのことです。
なお、歌舞伎や狂言の世界では、着ぐるみという言葉すら存在しません。
ところで、玩具の方のぬいぐるみは、英語ではstuffed toy(動物はstuffed animal)と言います。
「縫われたおもちゃ(動物)」という意味となりますので、「くるむ」にあたる意味はありません。
このような新しい言葉が日本に入ってくるときは、大抵は直訳した和語が作られるのですが、stuffed toyについては、もともと「ぬいぐるみ」という同等のものがあったので、そのまま流用されたのでしょう。
また、いわゆる着ぐるみには、これとは別にcostumed characterという言葉があります。
しかしこれはどちらかというと、ディズニーランドあたりを徘徊している、動物の顔をした人達のようなケースを指します。
海外では、さらに別のfursuitファースーツというジャンルもありまして、趣味としている愛好家もかなりいるようです。
ファースーツの例
これはこれでまた、案外奥の深い世界らしいです。
いや、奥が深いというか、闇が深いというか……
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義
あすなろ215 東京2020エンブレム
2019.09号
そろそろ見慣れてきた、今度の東京オリンピックのエンブレムのお話です。
エンブレムについては、最初の「選考」の時に色々とケチがついたのはご存じの通りです。
そんないきさつを見ていましたから、今回のデザインが選ばれたときも
「一番つまんねえやつかよ」
「ABCDのうちのAってことは、最初から決まってたなこれは」
などという見方をしておりました。
ちなみに、キャラクターの方も、
「アイウのうちのア」
が選ばれていますので、こっちも「またかよ」って感じでした。
しかしですね、実はこのエンブレム、すごいデザインだったのです。
その討論がなされたのは、ツイッター上でした。
最初、どこかの大学教授が解析したというものがこちらです。
合同な三種類の長方形で成り立っているのですが、それが幾何学的に綺麗に組み合わさっている法則を示した図です。
当初はこのように、二十四角形の組み合わせと考えられていました。
パラリンピックの方は見ての通り線対称図形ですが、オリンピックの方は線対称でも点対称でもありません……が、実は120度の回転対称な図形でした。
※点対称=180度の回転で重なる図形。
それに対して今回の図形は、120度の回転で重なる図形となっています。
それをわかりやすくしたのが次の図です。
偶然ながら、グーグルクロムのデザインにぴったり収まっています。
また、2つの図の抜けている円の部分は、同じ径の円となっていました。
2つの図を構成する長方形の個数は、共に大が9個、中が18個、小が18個で同じです。
それどころか、全て同じ向きのまま平行移動させるだけで、2つの図ができることも発見されました。
そして、これを構成する長方形については、対角線と面積が同じではないかという意見がこちらです。
面積は後に否定されますが、対角線の長さは確かにどれも同じでした。
最終的に、この三種類の長方形は、それぞれの対角線が30度・60度・90度で交わるものだということが見つかっています。
長方形の対角線をrとしたときの面積まで求められていました。
また、こんなものも見つかっています。
各長方形は、全てが頂点同士でつながっているのですが、抜けている円の部分は、接続される頂点の位置まで同じなのです。
頂点同士がぴったりとつながっています。
そして最終的に、この長方形の図案の元となった図形が、この菱形の組み合わせだと解析されています。
それを並び替えると、規則性のある綺麗な図形が浮かび上がります。
そして、これがどうやら「正解」のようです。
科学雑誌ニュートンの2019年9月号では、このような解析がなされていました。
(手持ちの本をスキャンしたので、ちょっと斜めになっているのはご容赦を)
ところで、作者の野老(ところ)氏は、本当はこのように作ったわけではありません。
厚紙とテープを使って、文字通り手作業で作っていったのが原型なのだそうです。
さて、私がこの手の科学的要素の高い内容を紹介する時は、原則として本人の書いた論文を必ず読むようにしています。
まとめサイトやネット記事を見れば要点はわかるのですが、それでは本質が掴めないからです。
本人の書いた文章は、氏名+pdfで検索すると、普通はすぐにヒットします。
ところが、今回の主役である野老氏は、その手の論文を書いていないどころか、著作や寄稿すら見つかりませんでした。
そこで、今回の記事は、ニュートンの特集記事と、ネット上に散らばるまとめ記事、さらにはその元ネタとなったツイッターからなっています。
数少ない本人の弁としては、ニュートンのインタビュー記事があるのですが、それによると、数学好きの人には見つけられなかった秘密がまだありました。
それは、色です。
この図の三種類の長方形の面積比は、およそ100:86:50となっているのですが、そこからシアン:マゼンダ:イエロー:黒の比を100:86:0:50で混ぜた藍色を用いて、この原案を作ったのだそうです。
※原案ではC100、M86、Y0、K50でしたが、実際のエンブレムではM80となっています。
また野老氏は、同じパターンを用いることで、オリンピック関連イベントのエンブレムも作り上げています。
この様子でしたら、まだまだ他にも応用の利きそうなデザインですね。
ここまで読んで、いかがでしたでしょうか。
私は、この一連の話を知ってからは、今回のエンブレムが最高に思えて仕方ないです。
今では色々な意味で、実に日本らしいと思っています。
こんな数理的なデザインが、他の案に埋もれなくて本当に良かったです。
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義
おまけ。
面白いので暇人はお試しあれ。
これでパズルを作った人もいるようです。
あすなろ214 バナナ
2019.08号
バナナってのは吊して保管するのが一番だと聞いた事はありましたが、「バナナハンガー」がこんなにヒットするとは思ってもいませんでした。
バナナです。
私は個人的に、バナナは果物としてはある意味最強の存在だと考えています。
・ 安い
・ 栄養価が極めて高い
・ くせがない・嫌いという声を聞かない
・ 手で剥ける・道具が要らない
・ 幼児から老人まで食べられる
・ 栽培が容易(だから安い)
ね? 最強だと思いません?
唯一、欠点を上げるとすれば、日持ちしないことでしょうか。
熱帯でしか栽培できない、という点も、難点といえば難点かもしれません。
しかし植物というのは、ある程度はそういう面があるものですし、その程度でしたら品種改良で改善されることも多々ありますので、特に問題と考えておりません。
また、バナナという果物を、もう少し広義に「作物」としてとらえると、
・ 主食になる
という一面も持っています。
東アフリカから中央アフリカにかけては、バナナを主食としている地域がそこそこあるようです。
といっても、果物のバナナとは別の品種です。
主食用のバナナは、ウィキペディアくんには「料理用バナナ」と書かれていましたが、一般的にはplantainプランテンとかプランテインとか呼ばれているようです。
まだ緑色で未熟の状態の実を、刃物で皮を剥いて調理すると、イモのように食べられるのだとか。
しかし見ると、バナナそのままの形が焼かれたり揚げられたりしていて、果物バナナの味しか知らない身としては、こんなん食えるんかいな、という感じがします。
揚げ物
焼き物
下はチーズ乗せ
ただしここで、plantain dishと検索すると、普通に料理の写真がずらっと出てきて、普通に美味しそうなんですよね。
不思議。
さて、先にも少し書きましたとおり、バナナは熱帯の植物です。
日本ではほとんど栽培されておりません。
実際、日本で売られているバナナは、フィリピン産・台湾産・エクアドル産あたりがほとんどだと思います。
・ただし、沖縄産もあるそうです。
・また2017年からは岡山産の「もんげーバナナ」が販売されているそうです。
しかし植物の分類的には、バナナはバショウの仲間なのです。
バショウと言えば、松尾芭蕉のあの芭蕉です。江戸時代の俳人です。
彼は門下生に贈られた芭蕉にちなんで、自らの俳号を芭蕉としています。
その後、庵に植えた芭蕉がよく茂ったので、住居も芭蕉庵と名付けています。
バショウ
松尾芭蕉
また、芭蕉といえば、西遊記に「芭蕉扇」が出てきますよね。
孫悟空は、燃える山(火焔山)の火を消すために、牛魔王の妻の羅刹女の所に、強風を起こす芭蕉扇を借りに行くのですが、その後は簡単にはいかずにバトルになってしまうという話です。
そのあたりの話を思えば、バナナもそんなに日本から縁遠い植物でもないような気がしてきます。
あともう一つ、バナナといえば「皮を踏んで転ぶ」というお約束がありますが、これは1900年代から世界的に知られるコメディなのだそうです。
あのキートン、チャップリン、ロイドの三人も、全員がやっているそうです。
また、これについて真面目に考えて、なぜバナナの皮はすべるのかという研究をした日本人科学者は、2014年にイグノーベル賞(ノーベル賞のパロディ)を受賞しています。
資料を付けますので、お暇な方はどうぞ。
(pdfデータのダウンロードページです)
バナナの皮の科学
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義