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HOME雑記帳(あすなろ)あすなろ166 虫の声の聞こえ方?(過去記事)
2015.08号
最近聞いた話。
虫の鳴き声を聞くとき、日本人はそれを「言語」として聞くが、西洋人は「雑音」としか聞かないし聞こえない、とかなんとか。
それは脳の働きが違うとか。
んん~~?
脳だとお?
ホントかそれ??
どうも私は、そういう
「科学っぽい用語の入ったもっともらしい話」
からは、エセ科学臭さを感じてしまうのです。
まずは、原文に近いと思われる物を一部引用してみます。
(何カ所か中略しています)
東京医科歯科大学の角田忠信教授がキューバで開かれた国際学会に参加した時の事である。
教授は会場を覆う激しい「虫の音」に気をとられていた。
なるほど暑い国だな、と感心して、周囲の人に何という虫かと尋ねてみたが、だれも何も聞こえないという。
ようやくパーティが終わって、キューバ人の若い男女二人と帰途についたが、静かな夜道には、さきほどよりももっと激しく虫の音が聞こえる。
教授が何度も虫の鳴く草むらを指して示しても、二人は立ち止まって真剣に聴き入るのだが、何も聞こえないようだ。
3日目になってようやく男性は虫の音に気づくようになった。
しかし、それ以上の感心は示さなかった。
女性の方は、ついに一週間しても分からないままで終わった。
ここまでの話に限れば、私なりには一応納得いく話ではあります。
確かに平均的西洋人は、日本人のようには虫の声に興味を持ちません。
というよりそもそも、害虫以外に興味がありません。
そのため、例えば明治期に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、日本では虫が売られていて、人々は虫の音を楽しむという行為を、日本独特の文化として紹介しています。
注:
小泉八雲は、明治期に日本で見聞きした文化を英文で書いたイギリス人です。
日本人女性と結婚して日本に帰化しました。
代表作に「怪談」など。
西洋人が伝統的に虫に対して興味が浅い証拠としては、虫を表す語が単調であることからも推測できます。
日本語の虫の名前には、○○ムシになるものと○○ムシにならないものがあります。
例えば前者はカブトムシ、カメムシ、スズムシなどで、後者はハチ、ハエ、トンボなどです。
英語の場合は、このムシにあたる言葉がバグbug=歩く虫、ワームworm=いも虫、フライfly=飛ぶ虫あたりなのですが、虫の名前を英訳すると、日本語よりも明らかに、○○バグか○○フライになる場合が多いです。
もちろん、アリant、ハチbee、コオロギcricketなどの言葉もあります。
しかし、バッタは「草跳びgrasshopper」でミミズは「地面イモムシearthworm」というように「熟語」になっていたり、ムカデCentipedeはラテン語そのものだったりしますので、日本語よりも比較的新しい単語が多いことがわかります。
ただし、日本でもチョウ(蝶)のように漢語から来ている「外来語」もあります。
また、キリギリスやカゲロウなど、日本語に相当する英語がないこともあります。
さらには、セミcicadaが鳴くことはあっても、その辺のアメリカ人はセミという単語を知らなかったりします。
日本のように、映画やテレビで蝉の鳴き声を「夏の効果音」として使うこともありません。
西洋というのはそんな文化ですので、わざわざ虫の声なんぞを聞こうという意識は、最初からない、と言われても、全く不思議ではありません。
さらに、虫の声というものは、ものによっては音の高さ(周波数)の関係で人や鳥、犬、猫などの声と比べると「異質な音」となる場合がありますので、ものによっては、聞こうという意識がないと聞こえません。
人間は、聞く必要のない音は、無意識下に遮断することがあります。
雨の音やエアコンの風の音、時計のチクタク音などは、ふと気付くと音が消えていたような錯覚に陥ることがあります。
虫の声というものを、普段からこのような「雑音」として捉えていると、「聞こえるけど聞こえない」ということになる可能性も、確かにあります。
しかし日本人の場合は、セミにせよコオロギにせよ、「虫の声を季節として捉える」という文化がありますので、子供の頃からそういう音を意識して聞く習慣があります。
しかも、「鈴虫はリーンリーン、松虫はチンチロリン」と、音を日本語に「翻訳」しているために、雑音ではなく言葉として捉えやすいのだろうと思います。
その上、虫の声は先に述べたとおり、周波数が特殊な場合があります。
音の高さを周波数で表すと、人間の耳の可聴域は、20~20000Hz(数字が大きい方が高音)ということになっています。
しかし、人間の出せる声は400~1000Hzが限界です。
また、ピアノの音は27.5~4186Hzで、これが音楽として使われる音の最大範囲(ピアノの音域を超える楽器はトライアングルとシンバルくらい)ですので、これよりも高い音や低い音は、普通の人にとっては「聞く必要の無い音」とも言えます。
ところが、キリギリス類の声は、10000Hzを超えるものがゴロゴロいます。
16000Hzというのもいますが、このくらいになってくると、人間に聞こえる限界に近い音です。
例えばクビキリギスの鳴き声は「ジ――」というように聞こえながらも、耳がツーンとなるような感じがします。
実は、この「ツーン」が、本来の鳴き声なのです。
最近は、「モスキート音」という言葉がありまして、
「人間の聞こえる限界近い高音で、若者には聞こえるけどオトナには聞こえないという音」
のことを言うようですが、要するにそんな音の高さです。
ただし、本当の蚊(モスキート)の羽音は350~600Hzしかありません。
さらに、バッタ類のように、シャカシャカという「かすれ声」のような音質で鳴くものもいます。
このような音になってくると、「虫の声が聞こえるはずの日本人(笑)」でも、
「今鳴いてるね」
「え?わかんない」
という会話になることがあります。
秋の虫の声をある程度勉強した私でも、色々な声が混ざっているときには、聞きたい音に合わせて、意識的に「耳のチャンネル切り替え」をしないと、目的の音を聞き出せないこともあります。
というわけですので、まあここまでは良しとします。
しかし……
左右の耳に同時に違ったメロディーを流して、その後で、どちらのメロディーを聴きとれたかを調べると、常に左耳から聴いた方がよく認識されている事が分かる。
同様に、違う言葉を左右から同時に聴かせると、右耳、すなわち左脳の方がよく認識する。
これはない(笑)
「三角法」という、鳴く虫の位置を耳で聞きながら特定する手法があるのですが、左右で聞こえ方が違ったら、虫は探せませんね。
というわけで、私の中ではエセ科学決定となりました。
あー残念残念。
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義